まらえもん イズ ノット デッド

柿生スタジオのまらえもんが綴る日常です。

「当たり前」が泣いている

前置き

こんばんは、柿生スタジオのまらえもんです。

今日は久々に仕事中に寝そうになりました。

というのも、一つのヤマをようやく越えることができ、

今日やる作業もほとんどなく、気を抜いたら落ちてしまうような眠気が久しぶりにやってきました。

これは久々だから良いもので、普段からずっとこうだと腐ってしまいますね。

普段やることがたくさんあるのも良いのかなあって振り返って初めて思いました。

 

本題

おれは結構野球で例えてしまうことがあるんですが、

それは小、中と野球部だったからで、一番自分にとってしっくり来やすいんですよね。

 

その中で失敗し続けてきたことが「ホームランしか狙わない」ということでした。

 

前にも書いたことがあるんですが、ホームラン打ったことが無い人が

初めて打席立って急にホームラン打てるかっていうとそんなことは無い訳です。

練習して練習して、ようやく打てるようになるものな訳です。

 

おれは背が小さくて、ホームランを打てるようなパワーもなく、

それなのに何故かホームランを狙ってしまってたんですよね。

 

憧れって凄いもので、何故か自分もできるような気がしてしまうんですよ。

モチベーションが上がるのって大抵憧れている選手が活躍したようなときでした。

だからこそ自分もこうなれるように頑張ろう!って思うんですが、それが何故か「こうならなきゃ!」に変わってしまうんですね。

だから空回りしてしまう。

努力の末に辿り着いた境地に一日やそこらで到達出来るわけがない。

 

それでやってみたけど駄目だった、自分には才能がないって思ってた訳です。

要するに自分の失敗は「成功」しか見ていなかったことなんだなあって感じました。

 

おれは本田圭佑選手が好きなんですが、このことに対して

 

「成功ばっかり見がちなんですよね。そうじゃないんです。成長なんです。」

 

と、インタビューで言っていたことがあったんですよ。

あーホントそうだなあって思います。

自己啓発本とか、色々読んでみましたが、どれも一緒やんなーと以前は思っていたんですが、それは「それだけ大事なことって共通」しているってことなんだと思うんです。

 

つまりは「当たり前」なことをどれだけ重ねていくかなんだろうって思いました。

 

例えば、勉強はすればするほど良い、ってことは分かってる。

じゃあそのためにどうすればいいかっていったら「机に向かう時間を増やす」

な訳ですよ。

そのために「無駄な時間を減らして、勉強に割く」が正解になっていきますけど、

それほんとに出来てる?って言われたら出来ていない。

 

思い描ける常識だけど、習慣には出来ていない。

当たり前なことを当たり前には出来ていない。

 

だからこそ「当たり前」なことを「当たり前にやる」ということに

価値が出てきてしまうんですよね。

「当たり前」って誰にもできることだからその名前が付いたように思うんですが、

矛盾しているように聞こえますよね。

 

でも、本当にそうで、矛盾しているからこそ「当たり前」は尊いんですよね。

そんなことを分かっていて出来ていない毎日だったなあって

今も思いますけど、今だって出来ていないです。

それを克服する一歩がこの毎日更新です。

 

一緒に何か続けてみませんか。

達成感はあるんじゃないかなあ。

やってみて出来た!って楽しいし、自信になると思います。

やってあげないと、「当たり前」が泣いてますよ。

 

終わりに

 

嫌われる勇気とか、当たり前なことを当たり前にとか、

一見不思議な言葉だけど皆にとって価値のある言葉って多く存在します。

勇気を出すことってプラスに働くことだと思うんですけど、

「嫌われるために」勇気を出すって一見矛盾してますもんね。

でもその正しさってアドラーが担保してますからね。

 

 (余談ですがこの動画好きです。)

 

そういう正しさっていつかはひっくり返ることもあるんでしょうか。

不思議なものですよねえ。

 

それでは。