まらえもん イズ ノット デッド

柿生スタジオのまらえもんが綴る日常です。

自分の価値が分からない。実は価値には2種類ある。

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あなたの価値には2種類あるって知っていますか。

  1. 生きているだけで素晴らしい、という価値
  2. 何かを成し遂げた時に上がる価値

この2種類です。

 

この記事では、2つの価値について僕が思うことを書いていきます。

 

 

生きているだけで素晴らしい、という価値

あなたは生きているだけで価値があります。

本当です。疑う必要さえありません。

 

それを認められないかもしれませんが、人間は生きていてくれさえすれば

それだけで尊い存在です。

 

よく産まれてくるまでに幾多の争いを乗り越え、

この世に生を受けたというようなお話がありますよね。

 

実際、あの話は正しいと思いますが、実感がありませんよね。

本当に自分はここにいて良いんだろうか・・・。

 

法律で、憲法で、色々なもので自分は守られています。

その傍ら、それを阻むような存在もいます。

単純に自分をおとしめてくる存在のせいで、

自分はここにいてはいけないのではないかと思うときがあります。

 

でも、そんなことはありません。

というより、自分を存在を奪うようなことばや、行動には従う必要がありません。

 

生きているだけで尊いというのは、実際本当にそうだと思うんです。

というのも、呼吸するのも、心臓が動いているのも、

嫌だなあと思うのもうれしいなあと思うのも、

一つ一つとんでもないバランスで動いているんですよね。

 

まさしく神業であって、きちんと生きるためにすべてが準備されているかのようです。

 

でも、どうしても信じられないです。

生きているだけで良いってその実感が何処にもない。

生きて良いっていう証明が見当たらない。

それを探し回ってチケットを見つけるような毎日。

 

自分の価値って生きてるだけで良いのだろうか。

 

何かを成し遂げた時に上がる価値

「自分は生きているだけではだめだ!

呼吸し、食事をし、特に何かをせず一日を過ごすだけで、

果たして本当に生きているっていえるのか?」

 

人間は社会と関係して自分の存在を認められる生き物だそうです。

 

誰かとのつながり、社会とのつながり、誰かにとっての私がいる、と

社会性を感じずには生きていけないらしいのですね。

 

そのことが自分を生きているだけではだめだと焦らせるのかもしれません。

 

社会に結びつくためには、何かを成し遂げ、自分は価値があると

周りにひたむきにアピールし続ける必要があったりします。

自分がやらないといけないのか。

本当にこの作業は必要なのか。

疑問、疑念、不安、葛藤。

 

それらを常に背負い込みながら自分を制してまっとうに進んでいく。

 

でも、ふとある時思うんですよ。

 

「これでいいのか?押し黙って過ごして正しいのか?」

 

自分らしさを欠如させたまま、我慢をし続けた先には、

自分どころか誰でも代えが効くのだと分かる道しかない。

ふと顔をあげた時に「今までの努力はなんだったんだ・・・」と思うときがあります。

 

それでも進んで、求められていることに応えたとき、

一言でも褒められ、社会に認められることは、

あなたの大きな自信と財産になります。

 

そうしてまた厳しい道の中に進んでいく。。。

 

でもその繰り返しの中からはいつ抜け出せるのか分からない不安があります。

 

だからこそ価値は2種類ある

ずっと頑張り続け、終わりの見えない先に嫌気がさす。

でも、ここであゆみを止めてしまえば、社会から見放されてしまう気がする。

 

絶対に、そんなことはありません。

 

何故なら価値には2種類あるからです。

そこで初めて身に染みる訳です。

「そうか、生きているだけで良いんだ。」って。

 

これは逃げるための一言かもしれません。

でも、まったくもってそれでいいと思います。

逃げて逃げて、実際生きてさえいてくれれば良いんだと思います。

 

突き詰めていけば人が求めていくものは「無償の愛」であって、

誰かに見返りを求めない贈与なんだと思います。

 

隣にいて、何も話さず座って寄り添ってくれる。

そんな存在が「生きているだけで良い価値」なんだと思います。

 

どうしてか辛い。

何故だか悲しい。

 

そういうときはきっと疲れているんじゃないでしょうか。

何も考えず、ただそこにいるだけで良い。

ふと、思い出してほしい言葉です。

 

柿生スタジオのまらえもんでした。