まらえもん イズ ノット デッド

柿生スタジオのまらえもんが綴る日常です。

助けてって簡単に言えなくなってしまうのは何故?

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唐突になんだって話なのですが、急に今日思ったことです。

素直じゃなくなってしまうのって仕方ないことなのかなあって思うこともあるんですが、それ以上に素直になる努力って必要じゃないでしょうか。

 

僕もようやく30代が近づいてくる足音が聞こえてくる世代で、

社会人でいえばそろそろいい歳だよねえ?なんて煽られたりします。

 

そうなってくると上から言われる「歳をとると人に聴けなくなるからね」って

そんな風に言われるわけですよ。

「ええ・・・。分からないことは分からないって言えないの・・・?」

と思っていたんですが、その年齢でこの常識を知らないっておかしくない?って

周りからは思われていくのが世の常。

 

そんな時に背伸びして「ああ!あれね!イノベーションを起こすためのリーディングカンパニーになるためにイニシアチブをもっていくしかないやつね!」なんて

横文字並べたところで「それ意味わかってるの?」って突っ込まれるのがオチです。

 

まっさらに素直に「分からないです。」って言えることって大事なことだと思います。

努力を重ねて分からないことを減らす努力も等しく重要だと思うのですが、

何が分からないかをきちんと伝えるのは、確認作業にもなりますし、

この人はどこまで分からないんだろう?って周りの人が確認できるようにもなると思います。

 

要するに、分からないを言える努力ってたぶん、本人がするものでもあるけれど、

周りが言いやすいようにするものでもあるのかなあって思います。

 

いるじゃないですか、「分からない」って言った瞬間に激昂する人。

「分からないとは何事だ!勉強が足りてないんじゃないのか!」って

頭ごなしに言っちゃう人。

 

全部が全部分かるなんて無理だし、それこそ教えてもらえれば分かることを

教えられないから怒ってごまかしてるんじゃないかって疑いたくなるような・・・。

 

その人だってそれは答えられないって素直に言えたらお互い終わりな気がするのになーって思います。

 

何かに縛られているように感じるけど、案外自分がパッと手を離せば

意外と簡単に済む話だったりするんじゃないでしょうか。

 

ツイートしたのは今日素直に思ったことでした。

「分からないんだけど、どうしたら良いか教えてくれる?」って一言言ってもらえれば、それなりに良いようにはやるんですが、

 

かくかくしかじかでーで30分。

挙句に「この時間が勿体ないからさー」で〆るので、

なんだ、分からない自分がいけないのか?って一瞬思ってしまいましたが、

いや、これ違うなあって思ったわけです。

 

何でも自分が悪いように落とし込めば納得する瞬間もあるんですが、

そうじゃなくてこれこの人が助けを求めてるだけだ、って瞬間もあるはずです。

 

自分がしょい込む必要がないものはそのままで良いんだと思います。

 

ただ、確かに分からないものを分からないって決して言わない道もあると思います。

その道は「分からない」を本当に分かるまで努力し続ける至高の道で、

軽はずみにテキトーに全部分かるようにふるまう道ではないのでしょう。

 

僕はどちらかというとギスギスせず、温和に過ごしたいです。

その中でもたまに見つけたやりたいことにはギラついて飛びつけるようにしたい。

このブログを続けていくことだけはまず自分のためにかなえてあげようと思ってます。

 

助けて、っていえてますか?

書いている僕自身うまく言えません。

だからこそ、もう少しだけうまく伝えられると良いですよね。

 

柿生スタジオのまらえもんでした。